現在のウクライナ情勢と今後の展望について私見を書きます。
まず、これまでの流れですが、よく言われるようにウクライナとロシアは親戚国家です。
しかしウクライナは歴史的経緯からロシアを信用していません。かといって西側諸国も信じていません。理想的にはウクライナはウクライナでやっていきたいのですが、現実そうはいかないので、ロシアに近づいたり西側に近づいたりしました。ただ、近づきすぎて飲み込まれないように、どちらに近づくにせよ距離をとってきました。
そのおかげで、ロシアにとっても西側にとっても、緩衝地帯になっていました。
しかしロシアとしては、旧ソ連の一員で民族的にも親戚であるウクライナは、本来自分のほうにあるべき国だと思っています。プーチン大統領はロシア帝国のピョートル大帝を目指し、大ロシアの復活を求めてウクライナが半分西側を向いていることに不満を持っていました。
逆にウクライナとしてはその魔の手が怖い。ゼレンスキー大統領は一気に西側接近の政策をとりました。ロシアに従属するよりは西側につくほうがウクライナにとって幸せだと考えたのでしょう。もちろん西側は歓迎します。
それを黙って見ていられるプーチンではなく、このままゼレンスキーが大統領なら西側に行ってしまう、そうなれば西側の勢力がロシア国境まで及んでおびやかされると考え、西側寄りのゼレンスキー政権を倒してロシア寄りの政権、理想的にはウクライナをベラルーシのような国にしようと、侵攻を開始しました。
元々ウクライナの軍事力はロシアに遠く及びません。NATOがウクライナを支持することはロシアの予測の範囲内でも、NATO諸国も一枚岩ではありません。ドイツのようにNATOやEUの中心的な国でありながらロシアにエネルギーの多くを依存する国もあります。トルコのようにロシアと親しい国もあります。ロシアの誤算は、NATOがウクライナ支援やロシアへの経済制裁を強化したとしても、大規模な支援の話は各国の意見がまとまらず、もたもたしている間に素早くウクライナの政権を潰せると読んだことです。
ところが多少の温度差はあってもNATOは一気に結束しました。それだけロシアを恐れていたからです。たとえるなら、仲間同士で喧嘩ばかりしている地球人が、いざ宇宙人の艦隊が近づいてきたら瞬時に喧嘩をやめて地球防衛に結束するような感じです。
予想以上のウクライナの抵抗とNATOの支援によって、一気にウクライナを支配するもくろみは失敗しました。首都キーウへの電撃作戦がお粗末だったことも大きいでしょう。ロシアは戦略を変えて東部や南部からじっくりと、得意の物量作戦で押し切る方針に変更しましたが、それにも失敗して大きな痛手を受けました。
それでもまだ、ウクライナ領のかなり広大な地域を占領しています。ウクライナは、ロシアが疲弊したすきにこの領土を取り戻そうと、今年の6月から大規模反攻作戦を実行しました。ですが物事はウクライナの思い通りにもいきません。大規模反攻作戦の準備に予想以上の時間がかかり、その間にロシアが強固な防衛線を構築。これを一気に突破しようとしましたが失敗し、今度はウクライナが痛手を受けました。ウクライナもここで一気呵成に攻める作戦から損害を抑えてじっくり攻める作戦に転換、ロシアの補給ルートを狙って一歩ずつ前進する方針になりました。現在、ウクライナが押し気味でロシアの防衛線をようやく突破しつつあるものの、航空優勢がないこと、もともと兵員がロシアよりも少ないので損害が大きくこたえること、ロシアの旧式兵器の物量がすさまじいこと、人海戦術も侮りがたいこと、戦争の長期化によってウクライナを支援しているNATO諸国も疲弊しはじめていることから、戦線が思うように進みません。
ウクライナの味方をしている国は民主主義国なので、「ウクライナ支援よりも自分の国を優先しろ」という世論が高まると政権は逆らえずに支援に消極的になります。ロシアの狙いどころはそこにあります。
ウクライナに圧倒的な支援をしてきたのはアメリカです。そのアメリカも世論が分かれ、ウクライナ支援をいつまでも続けられない状態です。特に次の大統領選挙でトランプが返り咲けば、一気に支援を引き上げる可能性があります。
また、アメリカは主敵をロシアよりも中国に定めています。ウクライナ支援で疲れすぎると、中国が台湾に侵攻したときに防げなくなります。台湾有事の際、アメリカ軍が現地に向かうのは主に海軍や海兵隊ですが、台湾への武器支援は陸軍兵器が大量に必要になります。もちろん財政負担も莫大になります。アメリカは中国と戦う余力を残さねばならないため、ウクライナ支援に全力は使えません。中露の両方が敗北すればアメリカを直接的におびやかす国はなくなるので、そのときには相当の疲弊が許容できるでしょうが、ロシアだけを相手に疲れ果てるわけにはいきません。
一方のヨーロッパ諸国は、中国は地理的に離れているので直接的な脅威はあまりなく、ロシアが主敵です。アメリカの立場ではヨーロッパに対して「俺たちは両方を相手にしてるんだ、片方だけ(しかも国力の小さなほう)を相手してるお前らとは違う。ロシアはお前ら中心でなんとかしろよ」と言いたいところでしょう。
そのヨーロッパ諸国にも支援疲れが見え始め、消極的になる国が出始めています。これはロシアの思う壺です。
それなら、今後はどうなるのでしょうか。ウクライナとロシア、どちらが勝つのでしょうか?
結論から先に言えば、私の予測は「ウクライナが一部の領土を取り戻したところで終わる」です。残念ながら、全土回復は難しいと思います。これは願望を排除した予測です。
理由は、ウクライナの全土回復までNATOのウクライナ支援が続かないと考えるからです。
なぜか。
私はさきほど、NATOが結束できた理由を、宇宙人の艦隊が近づいてきた時の地球にたとえました。これは裏返すと、宇宙人が地球まで攻めてこずに、太陽系の外側あたりで止まってくれることが確定すれば、地球人はまた仲間内の喧嘩を再開することを意味します。
おそろしいモノに自分たちが攻められるかもしれないから結束するのであって、攻められないことになれば結束する理由を失います。
スロバキアの選挙で親ロシア派、ウクライナ支援消極派が勝利したのも、いまさらロシアが自分たちの国境まで押し寄せてこないと判断した結果でしょう。ロシアの脅威が来ないのなら、これ以上の負担はできないと。スロバキアの国民が、ウクライナの今を「明日の我が身」と考えたなら支援を惜しまないはずです。
ゼレンスキー大統領もそれが一番の心配だから、「ウクライナが負ければ次はポーランド」と言うのでしょう。ポーランドはかつてソ連に攻められたトラウマがあるので警戒心が強く、だからこそ今度もウクライナ支援を特に積極的に続けてきました。
しかし、ウクライナとの戦争で疲れ果て、アルメニアさえ救えなくなっているロシアが、この先ポーランドを攻撃するなどまず考えられません。ウクライナと違ってポーランドはNATO加盟国ですから、ポーランドが攻められた時のNATOの対応は、ウクライナの時とは次元が違います。核兵器を使わないかぎりロシアの負けが100%確定しています。
アメリカをはじめとするNATO諸国は、もちろんウクライナの勝利を願っています。しかし自国のダメージの許容量には限界があります。多少のダメージを受けてでも達成しなければならない目標は、軍事的には「ロシアの軍事力をNATOの脅威でなくなるまで削ること」であり、また政治的には「ロシアを後悔させることにより、今後既存の秩序を軍事的にくつがえそうとする国にそれが割に合わないと思わせること」です。ウクライナを完全勝利させることはNATOの理想ではあっても、現実的には自国の受けるダメージとの天秤になります。
ことにアメリカは、それに加えて「台湾有事に対応できる戦力を温存すること」も絶対的な条件となります。
ロシアが勝つのは一番困りますが、あまりにも負けすぎると、プーチン政権が転覆します。西側諸国にとってプーチンは憎たらしい相手ではありますが、プーチンが倒れたあとがどうなるか分かりません。少なくともプーチンほど強力な求心力をもつリーダーは見当たらないので、権力が分散して対立し、ロシアが混乱する危険が高くなります。そうなると西側諸国はかえって「ロシアと話をしたくても誰と話せばいいのか分からない」状態になりかねません。
ロシアがそんな状態になれば、特にウラル以東、シベリアや極東は統治が機能不全に陥ります。そのときに影響力を拡大するのは中国です。中国がこの地域の莫大な資源を手に入れることは、アメリカにとって(日本にとっても)大きな脅威になります。強敵をやっつけて自分も疲れたところに、もっと強い敵が、さらに強大化して現れることになります。
西側諸国がプーチンのかわりに都合のいい大統領を連れてきてロシアを民主化したところで、ロシアの国民は西側の傀儡政権なんて支持しません。これまでの経緯を考えると、西側の傀儡政権よりは中国の傀儡政権のほうがまだマシ、ということになるでしょう。
結局、プーチンは西側にとって「必要悪」と認識されて、大統領選挙までは、プーチン政権が倒れない程度にしかロシアを倒さないと思います。もしも大統領選挙でプーチンが再選されるかどうか微妙になると、ロシア国民の望むリーダーがプーチンよりも西側に都合のいい候補ならばそちらが当選するよう圧力をかけるでしょう。たとえばナワリヌイ氏がロシア国民の支持を得られればベストなのでしょうが、そんなうまい話にならない限り、西側もプーチンのほうがマシだという判断に至るでしょう。現実的に考えるとプーチンが再選される可能性が大きいので、これを潰すとロシアが余計に手に負えなくなります。
ウクライナはロシアの脅威から身を守るために西側を選びました。仲間が増えることはもちろん西側も大歓迎ですが、ウクライナがウクライナの利益で選択したように、西側は西側の利益で選択します。
ウクライナが全土を回復することは西側にとっても理想で、協力したいでしょう。しかし、それを実現するためにはどれほどのコストが必要になるのか、仮に実現した場合にロシアで何が起きるのか、それが西側にとって果たして利益になる変化なのか、損失になるリスクがどれほどあるのか。きっと各国は必死に分析しているでしょうし、どこまでウクライナ支援を続けるかは、その分析結果と民主主義国としての民意の落ち着くところになります。
ウクライナがクリミアを含む全土を奪還し、ロシアの勢力を完全排除することは理想ですが、そこまで軍事支援を続けることは、コストが高く、リスクも高く、民意もついてこない、と思えます。
★ ★ ★
ところで、ここまでの文章を下書きした時点で、中東情勢が危うくなりました。ガザ地区のハマスがイスラエルに大量のロケット砲で攻撃し、イスラエルが30万人もの予備役を招集して大規模な反撃を始めています。アメリカも空母打撃群を東地中海に派遣しました。アメリカの空母打撃群は、ひとつあれば先進国1国ぶんの戦力と言われるほど強力です(多少盛ってるかもしれませんが)。
イスラエルがハマスを相手に戦うだけならば、この戦力はあまりに過大です。おそらく、パレスチナの他の勢力やその他の国々の動きを抑えるためでしょう。ハマスの背後にはイランがいると言われていますが、この紛争の鍵を握るのは「イランが参戦するかどうか」にかかっています。
軍事強国であるイスラエルがこれほどの兵力を動員したのだから、それと互角に戦える軍事力の持ち主は、イスラエルの敵対国ではイランしかありません。
もしもイランが参戦したら中東は大戦争になります。そして、アメリカはウクライナ支援を弱めてでもイスラエル支援を優先することになるでしょう。こうなるとアメリカの余力も限られてくるので中国が台湾を侵攻する絶好の機会となり、最悪、日本も巻き込んで第三次世界大戦になる危険があります。
ただ、私はそうなるとは考えていません。
イランが直接参戦しても、イランとイスラエルは国境を接していませんから、イランとしてはイスラエルと接するシリアの参戦が欲しいところです(間にイラクもありますがイラクは味方につく見込みがない)。しかしシリアのアサド政権もイスラエルと戦うには国家総動員が必要です。アサド政権を支援するロシアが弱っている今、イスラエルと全面戦争を始めれば、国内のクルド人勢力に回す力が足りなくなります。
イランがイスラエルを攻撃するなら、ミサイルを撃ち続ける形になるでしょう。もちろんイスラエルからの反撃もありますし、米空母もペルシャ湾近くにやってきて空爆などで応戦することになります。
アラブ諸国の中でも、サウジアラビアはイランを勝たせる義理がありません。アラブ諸国はさすがにイスラエルの味方にはならないにしても、イスラムの盟主の座をイランと争っているサウジは、イランの号令でイランを勝たせることに意味がありません。サウジやUAE、エジプトなどは中立するでしょう。
イランの参戦は中国にはチャンスを生みますが、ロシアは嬉しくありません。戦力不足のロシアは、イランと北朝鮮に支援を求めています。なのにイランがイスラエルのような強国と戦えばそれに手一杯になってロシアを支援できなくなります。アメリカの支援が手薄になるウクライナも困りますが、イランの支援を受けられなくなるロシアも困ります。そしてこれまで積極的にウクライナにつかなかったイスラエルですが、敵(イラン)の味方(ロシア)の敵(ウクライナ)は味方であり、味方(米)の味方(ウクライナ)は味方ですから、強国イスラエルをウクライナ側に押し込むことになります。
つまりイランの参戦をロシアは望まないでしょう。アメリカはイスラエル支援を惜しみませんが、やはり負担が重いことには違いありませんから、そのときはイスラエルにもっと明確にウクライナ支援をするよう働きかけると思います。
中国は台湾を攻めるチャンスが訪れます。しかし中国が台湾を攻めてアメリカと交戦状態になると、インドに背後を突かれる危険があります。もっともインドが中国を攻めた場合は、インドもパキスタンに背後を突かれる危険があります。そんな大混乱状態になれば、ウイグルやチベットの情勢も不安定になります。中国を敵とするアメリカやインドは、当然、ウイグルやチベットの争乱を煽るでしょうから、中国もそう簡単に勝算は立ちません。
今回、ハマスに武器を提供したり、イスラエルの裏をかくほど高度な作戦で協力したのは、おそらくイランでしょう。しかしイランが直接参戦するかどうかは状況を見ての判断になるはずです。イスラエルが本気の動員をしたり、アメリカが空母打撃群を派遣したのはハマスやパレスチナ勢力だけを相手にするには大きすぎる戦力なので、これはイランへの抑止力と思われます。
ハマスに先陣を切らせて場合によってはウクライナで疲れたアメリカの隙を見て…と様子見していたであろうイランも、今回は自重すると思います。つまりハマスを見捨てるということですが、イスラエルはハマスを徹底的に叩くでしょうから、それはそれでイランとしてはイスラエルの残虐性を強調して自国中心にイスラム諸国をまとめる機会に利用できます。
ハマス単独、あるいはパレスチナの他の勢力が少々呼応した程度では、本気で怒ったイスラエルを相手にすることはできません。ですがイスラエルもハマスを軍事的に叩くことはできても後の統治はまた別問題で苦労しますから、イスラエルも長期的に消耗します。それだけでもイランとしては利益を得ることになり、本気のイスラエルと全面戦争のようなリスクは取らないでしょう。
何か、ハマスは捨て駒に使われたような気がします…。
追記
イランの関与が明白になればイスラエルのほうからイランを攻撃すると言っているようです。
たしかにイスラエルのやり方やネタニヤフ政権の強硬さを考えるとあり得るでしょうが、イスラエルとて強国イランと全面戦争になればアメリカが頼りですし、イランのほうからイスラエルを攻めたら中立する国のなかにも、イスラエルのほうからイランを攻めたらイラン側に立つ国が出てきます。
これはアメリカにとって過大な負担となり中国を利するだけですから、大規模な戦争に突入するような攻撃はアメリカが止めるでしょう。
イスラエルにしてもメンツがあるので黙ってはいられません。ですが最大の支援国であるアメリカがもしも中国に敗れて衰えた場合、イスラエルは孤立無援ですから、やはり全面戦争は避けるでしょう。
まず、これまでの流れですが、よく言われるようにウクライナとロシアは親戚国家です。
しかしウクライナは歴史的経緯からロシアを信用していません。かといって西側諸国も信じていません。理想的にはウクライナはウクライナでやっていきたいのですが、現実そうはいかないので、ロシアに近づいたり西側に近づいたりしました。ただ、近づきすぎて飲み込まれないように、どちらに近づくにせよ距離をとってきました。
そのおかげで、ロシアにとっても西側にとっても、緩衝地帯になっていました。
しかしロシアとしては、旧ソ連の一員で民族的にも親戚であるウクライナは、本来自分のほうにあるべき国だと思っています。プーチン大統領はロシア帝国のピョートル大帝を目指し、大ロシアの復活を求めてウクライナが半分西側を向いていることに不満を持っていました。
逆にウクライナとしてはその魔の手が怖い。ゼレンスキー大統領は一気に西側接近の政策をとりました。ロシアに従属するよりは西側につくほうがウクライナにとって幸せだと考えたのでしょう。もちろん西側は歓迎します。
それを黙って見ていられるプーチンではなく、このままゼレンスキーが大統領なら西側に行ってしまう、そうなれば西側の勢力がロシア国境まで及んでおびやかされると考え、西側寄りのゼレンスキー政権を倒してロシア寄りの政権、理想的にはウクライナをベラルーシのような国にしようと、侵攻を開始しました。
元々ウクライナの軍事力はロシアに遠く及びません。NATOがウクライナを支持することはロシアの予測の範囲内でも、NATO諸国も一枚岩ではありません。ドイツのようにNATOやEUの中心的な国でありながらロシアにエネルギーの多くを依存する国もあります。トルコのようにロシアと親しい国もあります。ロシアの誤算は、NATOがウクライナ支援やロシアへの経済制裁を強化したとしても、大規模な支援の話は各国の意見がまとまらず、もたもたしている間に素早くウクライナの政権を潰せると読んだことです。
ところが多少の温度差はあってもNATOは一気に結束しました。それだけロシアを恐れていたからです。たとえるなら、仲間同士で喧嘩ばかりしている地球人が、いざ宇宙人の艦隊が近づいてきたら瞬時に喧嘩をやめて地球防衛に結束するような感じです。
予想以上のウクライナの抵抗とNATOの支援によって、一気にウクライナを支配するもくろみは失敗しました。首都キーウへの電撃作戦がお粗末だったことも大きいでしょう。ロシアは戦略を変えて東部や南部からじっくりと、得意の物量作戦で押し切る方針に変更しましたが、それにも失敗して大きな痛手を受けました。
それでもまだ、ウクライナ領のかなり広大な地域を占領しています。ウクライナは、ロシアが疲弊したすきにこの領土を取り戻そうと、今年の6月から大規模反攻作戦を実行しました。ですが物事はウクライナの思い通りにもいきません。大規模反攻作戦の準備に予想以上の時間がかかり、その間にロシアが強固な防衛線を構築。これを一気に突破しようとしましたが失敗し、今度はウクライナが痛手を受けました。ウクライナもここで一気呵成に攻める作戦から損害を抑えてじっくり攻める作戦に転換、ロシアの補給ルートを狙って一歩ずつ前進する方針になりました。現在、ウクライナが押し気味でロシアの防衛線をようやく突破しつつあるものの、航空優勢がないこと、もともと兵員がロシアよりも少ないので損害が大きくこたえること、ロシアの旧式兵器の物量がすさまじいこと、人海戦術も侮りがたいこと、戦争の長期化によってウクライナを支援しているNATO諸国も疲弊しはじめていることから、戦線が思うように進みません。
ウクライナの味方をしている国は民主主義国なので、「ウクライナ支援よりも自分の国を優先しろ」という世論が高まると政権は逆らえずに支援に消極的になります。ロシアの狙いどころはそこにあります。
ウクライナに圧倒的な支援をしてきたのはアメリカです。そのアメリカも世論が分かれ、ウクライナ支援をいつまでも続けられない状態です。特に次の大統領選挙でトランプが返り咲けば、一気に支援を引き上げる可能性があります。
また、アメリカは主敵をロシアよりも中国に定めています。ウクライナ支援で疲れすぎると、中国が台湾に侵攻したときに防げなくなります。台湾有事の際、アメリカ軍が現地に向かうのは主に海軍や海兵隊ですが、台湾への武器支援は陸軍兵器が大量に必要になります。もちろん財政負担も莫大になります。アメリカは中国と戦う余力を残さねばならないため、ウクライナ支援に全力は使えません。中露の両方が敗北すればアメリカを直接的におびやかす国はなくなるので、そのときには相当の疲弊が許容できるでしょうが、ロシアだけを相手に疲れ果てるわけにはいきません。
一方のヨーロッパ諸国は、中国は地理的に離れているので直接的な脅威はあまりなく、ロシアが主敵です。アメリカの立場ではヨーロッパに対して「俺たちは両方を相手にしてるんだ、片方だけ(しかも国力の小さなほう)を相手してるお前らとは違う。ロシアはお前ら中心でなんとかしろよ」と言いたいところでしょう。
そのヨーロッパ諸国にも支援疲れが見え始め、消極的になる国が出始めています。これはロシアの思う壺です。
それなら、今後はどうなるのでしょうか。ウクライナとロシア、どちらが勝つのでしょうか?
結論から先に言えば、私の予測は「ウクライナが一部の領土を取り戻したところで終わる」です。残念ながら、全土回復は難しいと思います。これは願望を排除した予測です。
理由は、ウクライナの全土回復までNATOのウクライナ支援が続かないと考えるからです。
なぜか。
私はさきほど、NATOが結束できた理由を、宇宙人の艦隊が近づいてきた時の地球にたとえました。これは裏返すと、宇宙人が地球まで攻めてこずに、太陽系の外側あたりで止まってくれることが確定すれば、地球人はまた仲間内の喧嘩を再開することを意味します。
おそろしいモノに自分たちが攻められるかもしれないから結束するのであって、攻められないことになれば結束する理由を失います。
スロバキアの選挙で親ロシア派、ウクライナ支援消極派が勝利したのも、いまさらロシアが自分たちの国境まで押し寄せてこないと判断した結果でしょう。ロシアの脅威が来ないのなら、これ以上の負担はできないと。スロバキアの国民が、ウクライナの今を「明日の我が身」と考えたなら支援を惜しまないはずです。
ゼレンスキー大統領もそれが一番の心配だから、「ウクライナが負ければ次はポーランド」と言うのでしょう。ポーランドはかつてソ連に攻められたトラウマがあるので警戒心が強く、だからこそ今度もウクライナ支援を特に積極的に続けてきました。
しかし、ウクライナとの戦争で疲れ果て、アルメニアさえ救えなくなっているロシアが、この先ポーランドを攻撃するなどまず考えられません。ウクライナと違ってポーランドはNATO加盟国ですから、ポーランドが攻められた時のNATOの対応は、ウクライナの時とは次元が違います。核兵器を使わないかぎりロシアの負けが100%確定しています。
アメリカをはじめとするNATO諸国は、もちろんウクライナの勝利を願っています。しかし自国のダメージの許容量には限界があります。多少のダメージを受けてでも達成しなければならない目標は、軍事的には「ロシアの軍事力をNATOの脅威でなくなるまで削ること」であり、また政治的には「ロシアを後悔させることにより、今後既存の秩序を軍事的にくつがえそうとする国にそれが割に合わないと思わせること」です。ウクライナを完全勝利させることはNATOの理想ではあっても、現実的には自国の受けるダメージとの天秤になります。
ことにアメリカは、それに加えて「台湾有事に対応できる戦力を温存すること」も絶対的な条件となります。
ロシアが勝つのは一番困りますが、あまりにも負けすぎると、プーチン政権が転覆します。西側諸国にとってプーチンは憎たらしい相手ではありますが、プーチンが倒れたあとがどうなるか分かりません。少なくともプーチンほど強力な求心力をもつリーダーは見当たらないので、権力が分散して対立し、ロシアが混乱する危険が高くなります。そうなると西側諸国はかえって「ロシアと話をしたくても誰と話せばいいのか分からない」状態になりかねません。
ロシアがそんな状態になれば、特にウラル以東、シベリアや極東は統治が機能不全に陥ります。そのときに影響力を拡大するのは中国です。中国がこの地域の莫大な資源を手に入れることは、アメリカにとって(日本にとっても)大きな脅威になります。強敵をやっつけて自分も疲れたところに、もっと強い敵が、さらに強大化して現れることになります。
西側諸国がプーチンのかわりに都合のいい大統領を連れてきてロシアを民主化したところで、ロシアの国民は西側の傀儡政権なんて支持しません。これまでの経緯を考えると、西側の傀儡政権よりは中国の傀儡政権のほうがまだマシ、ということになるでしょう。
結局、プーチンは西側にとって「必要悪」と認識されて、大統領選挙までは、プーチン政権が倒れない程度にしかロシアを倒さないと思います。もしも大統領選挙でプーチンが再選されるかどうか微妙になると、ロシア国民の望むリーダーがプーチンよりも西側に都合のいい候補ならばそちらが当選するよう圧力をかけるでしょう。たとえばナワリヌイ氏がロシア国民の支持を得られればベストなのでしょうが、そんなうまい話にならない限り、西側もプーチンのほうがマシだという判断に至るでしょう。現実的に考えるとプーチンが再選される可能性が大きいので、これを潰すとロシアが余計に手に負えなくなります。
ウクライナはロシアの脅威から身を守るために西側を選びました。仲間が増えることはもちろん西側も大歓迎ですが、ウクライナがウクライナの利益で選択したように、西側は西側の利益で選択します。
ウクライナが全土を回復することは西側にとっても理想で、協力したいでしょう。しかし、それを実現するためにはどれほどのコストが必要になるのか、仮に実現した場合にロシアで何が起きるのか、それが西側にとって果たして利益になる変化なのか、損失になるリスクがどれほどあるのか。きっと各国は必死に分析しているでしょうし、どこまでウクライナ支援を続けるかは、その分析結果と民主主義国としての民意の落ち着くところになります。
ウクライナがクリミアを含む全土を奪還し、ロシアの勢力を完全排除することは理想ですが、そこまで軍事支援を続けることは、コストが高く、リスクも高く、民意もついてこない、と思えます。
★ ★ ★
ところで、ここまでの文章を下書きした時点で、中東情勢が危うくなりました。ガザ地区のハマスがイスラエルに大量のロケット砲で攻撃し、イスラエルが30万人もの予備役を招集して大規模な反撃を始めています。アメリカも空母打撃群を東地中海に派遣しました。アメリカの空母打撃群は、ひとつあれば先進国1国ぶんの戦力と言われるほど強力です(多少盛ってるかもしれませんが)。
イスラエルがハマスを相手に戦うだけならば、この戦力はあまりに過大です。おそらく、パレスチナの他の勢力やその他の国々の動きを抑えるためでしょう。ハマスの背後にはイランがいると言われていますが、この紛争の鍵を握るのは「イランが参戦するかどうか」にかかっています。
軍事強国であるイスラエルがこれほどの兵力を動員したのだから、それと互角に戦える軍事力の持ち主は、イスラエルの敵対国ではイランしかありません。
もしもイランが参戦したら中東は大戦争になります。そして、アメリカはウクライナ支援を弱めてでもイスラエル支援を優先することになるでしょう。こうなるとアメリカの余力も限られてくるので中国が台湾を侵攻する絶好の機会となり、最悪、日本も巻き込んで第三次世界大戦になる危険があります。
ただ、私はそうなるとは考えていません。
イランが直接参戦しても、イランとイスラエルは国境を接していませんから、イランとしてはイスラエルと接するシリアの参戦が欲しいところです(間にイラクもありますがイラクは味方につく見込みがない)。しかしシリアのアサド政権もイスラエルと戦うには国家総動員が必要です。アサド政権を支援するロシアが弱っている今、イスラエルと全面戦争を始めれば、国内のクルド人勢力に回す力が足りなくなります。
イランがイスラエルを攻撃するなら、ミサイルを撃ち続ける形になるでしょう。もちろんイスラエルからの反撃もありますし、米空母もペルシャ湾近くにやってきて空爆などで応戦することになります。
アラブ諸国の中でも、サウジアラビアはイランを勝たせる義理がありません。アラブ諸国はさすがにイスラエルの味方にはならないにしても、イスラムの盟主の座をイランと争っているサウジは、イランの号令でイランを勝たせることに意味がありません。サウジやUAE、エジプトなどは中立するでしょう。
イランの参戦は中国にはチャンスを生みますが、ロシアは嬉しくありません。戦力不足のロシアは、イランと北朝鮮に支援を求めています。なのにイランがイスラエルのような強国と戦えばそれに手一杯になってロシアを支援できなくなります。アメリカの支援が手薄になるウクライナも困りますが、イランの支援を受けられなくなるロシアも困ります。そしてこれまで積極的にウクライナにつかなかったイスラエルですが、敵(イラン)の味方(ロシア)の敵(ウクライナ)は味方であり、味方(米)の味方(ウクライナ)は味方ですから、強国イスラエルをウクライナ側に押し込むことになります。
つまりイランの参戦をロシアは望まないでしょう。アメリカはイスラエル支援を惜しみませんが、やはり負担が重いことには違いありませんから、そのときはイスラエルにもっと明確にウクライナ支援をするよう働きかけると思います。
中国は台湾を攻めるチャンスが訪れます。しかし中国が台湾を攻めてアメリカと交戦状態になると、インドに背後を突かれる危険があります。もっともインドが中国を攻めた場合は、インドもパキスタンに背後を突かれる危険があります。そんな大混乱状態になれば、ウイグルやチベットの情勢も不安定になります。中国を敵とするアメリカやインドは、当然、ウイグルやチベットの争乱を煽るでしょうから、中国もそう簡単に勝算は立ちません。
今回、ハマスに武器を提供したり、イスラエルの裏をかくほど高度な作戦で協力したのは、おそらくイランでしょう。しかしイランが直接参戦するかどうかは状況を見ての判断になるはずです。イスラエルが本気の動員をしたり、アメリカが空母打撃群を派遣したのはハマスやパレスチナ勢力だけを相手にするには大きすぎる戦力なので、これはイランへの抑止力と思われます。
ハマスに先陣を切らせて場合によってはウクライナで疲れたアメリカの隙を見て…と様子見していたであろうイランも、今回は自重すると思います。つまりハマスを見捨てるということですが、イスラエルはハマスを徹底的に叩くでしょうから、それはそれでイランとしてはイスラエルの残虐性を強調して自国中心にイスラム諸国をまとめる機会に利用できます。
ハマス単独、あるいはパレスチナの他の勢力が少々呼応した程度では、本気で怒ったイスラエルを相手にすることはできません。ですがイスラエルもハマスを軍事的に叩くことはできても後の統治はまた別問題で苦労しますから、イスラエルも長期的に消耗します。それだけでもイランとしては利益を得ることになり、本気のイスラエルと全面戦争のようなリスクは取らないでしょう。
何か、ハマスは捨て駒に使われたような気がします…。
追記
イランの関与が明白になればイスラエルのほうからイランを攻撃すると言っているようです。
たしかにイスラエルのやり方やネタニヤフ政権の強硬さを考えるとあり得るでしょうが、イスラエルとて強国イランと全面戦争になればアメリカが頼りですし、イランのほうからイスラエルを攻めたら中立する国のなかにも、イスラエルのほうからイランを攻めたらイラン側に立つ国が出てきます。
これはアメリカにとって過大な負担となり中国を利するだけですから、大規模な戦争に突入するような攻撃はアメリカが止めるでしょう。
イスラエルにしてもメンツがあるので黙ってはいられません。ですが最大の支援国であるアメリカがもしも中国に敗れて衰えた場合、イスラエルは孤立無援ですから、やはり全面戦争は避けるでしょう。