※経済対策は非常に難しく、専門家の間でもさまざまな意見があります。ここで述べるのはあくまで私見で、異なる意見の方がいることも承知しています。


現在、コロナウイルスの感染が世界的に広がっていて、日本もその例外ではありません。
今のところ欧米に比べるとよく抑え切れている…とは言っても、東京で急拡大のきざしが見えるなど、日本がいつ欧米のような状態になってもおかしくありません。

その被害で最も心配なのは言うまでもなく健康に関するものですが、二番目に心配されるものとしては経済への影響があるでしょう。


以前から私は、あちこちで、経済対策はG7プラス中国の8か国が、連携して巨大なインパクトを与える必要があると言っています。中国を加える理由はもちろん、政治問題とは別に中国の経済規模を考えると、連携できるのとできないのとでは大違いだからです。
今の状況では、残念ながら米中の対立のほうが目立っていて、連携できているようには見えません。

一方、日米は比較的連携できているような気がします。アメリカの巨大経済対策(日本の一般会計の総予算の2倍もぶち上げるとはさすがデカい)と、日本の対策とがタイミング的に合致できたこともあって、日経平均もいくらか持ち直しました。
とは言っても、根本的な原因であるコロナが広がるかぎり、どんな経済対策もすぐに打ち消されてしまいますが。

日本では総額30兆円以上の対策をするとか。規模はアメリカの7分の1ですが、日本としては必死の金額でしょう。ただ、金額を先に出していても、中身はこれからです。とにかく急いで総額を出して、時間のかかる詰めの作業は後からです。

経済には、実体の部分と心理的な部分があります。誰でも知っていることですが、ネットを見ていると、案外理解されていないことが多いようです。

経済はお金が回らないといけません。実際に回っているお金の部分、それが実体です。でも経済はそれだけでなく、未来の予測が、現在の状態に影響します。悪い未来が想像されるときは将来に備えて支出を減らし、そのせいで経済が停滞し、実体も悪化します。明るい未来が見えるときは気前よくお金を使うことになり、それが実体の景気も良くします。楽観や悲観という心理が、良くも悪くも実体を動かし、予測を的中させる方向に作用します。

コロナの場合は、実体も心理も両方とも大打撃を与えているので、深刻な状況にあります。

巨大な経済対策の金額をぶち上げただけで株価が持ち直すのは、心理的に好影響を与えたからです。しかし実体のない心は簡単に変わってしまうので、コロナが予想を超えてひどくなったり、経済対策の中身が期待ハズレだったりしたら、すぐに冷え込んでしまいます。

そこで対策の中身が重要になるわけですが、打撃が実体と心理の両方に激しく及んでいる以上、対策も実体と心理の両面を下支えする必要があります。


とにかく、まず緊急なのは、目の前の国民生活を守ることです。

なにしろ、コロナ抑制という最重要課題のために、旅行やイベントの自粛を求めるという、経済的にはマイナスの対策をあえて実行せざるをえません。短期間なら持ちこたえられても、長期化すれば体力の弱い会社から次々と倒産する危険があります。しかも困ったことに、確実に長期化しそうな情勢です。

「今日明日」がなければ1年後も2年後もないわけですから、目下緊急なのは、今の生活を守ることです。

国は今、給付金などの「実弾」を計画しています。最もスピーディーな対策です。ただこれも詳細が詰められていなくて、所得制限を設けるのか設けないのか、現金なのか商品券なのか、議論が分かれています。

これは景気対策なのか生活保障なのか…どっちを目的にするかによってやり方も変わるでしょう。ただ、実弾をばらまくという即効性を考えると、まずは当面の生活保障が優先の対策と思われます。

生活保障なら、富裕層にばらまいても意味がありません。また、金額的にも、生活の苦しい人にとって大きな金額でも、豊かな人にとっては相対的に小さく見えます。明日の生活も見えない人にとって10万円は当面安心出来る大きな金額ですが、年収3000万円の人が3010万円になったって大して変わりはありません。

つまり、富裕層に10万円配っても、もともと生活に困っていないうえに、消費の動機付けにもならないので景気刺激の効果も期待できないわけです。一方、生活困窮者は、生活必需品も買い控えています。場合によっては食べ物さえ「食い控え」しています。そういう人たちに渡れば、必要なものを買うようになるので、生活保障と同時に消費だっていくらか伸びるわけです。

金持ちの麻生大臣が、「富裕層に配っても貯蓄に回るだけだから所得制限を」と言っているのは的を射ています。たぶん本人が金持ちだから、「オレが10万円受け取ってもそこらへんにポイして何も変わらねえよ」(←麻生さんの声でこのセリフを想像してみるとすごくリアルな金持ちの本音になりますよ)ってのがよく分かっているんだと思います。

むしろ、「低所得者に限定したら生活費になるだけだから消費は変わらない」とか「お金のある人に配ってこそプラスアルファの消費に回る」という意見のほうが、よっぽど的外れです。低所得者に限定すれば、生活費に回るのはたしかです。しかし、生活費だからこそ、お金がなくて我慢していたものが買えるようになることで、消費が増えます。生活必需品の購入費になるから消費全体は変わらないという人は、生活に困っている人の状況を知らない人です。
そして、実弾支給というスピード感が重要な政策ですから、のんびり商品券を刷っている余裕はありません。当然、現金給付すべきです。

また、お金のある人に配ったら、プラスアルファの消費になるでしょうか?

今はコロナ対策で、お金のあるなしに関わらず、娯楽を抑え込んでいます。ネット通販なら買いやすいでしょうが、とにかく、今は娯楽の選択肢に強力な制限をかけている状態です。10万円あれば旅行にいきたいと思っている人は、10万円もらっても「今はやめておこう」になる(もらったから行こう、になると感染対策上困ります)ので、「あとで使おう」と貯蓄になってしまいます。
たとえ来年、コロナがおさまっていても、「去年の10万円で遊ぼう!」には大してなりません。プラスアルファの消費というのは、現金を受け取った時のハイテンションに乗るから消費に回るものです。一度貯蓄という形で塩漬けされたら、もはやそう簡単に消費に回ってくれません。

今は消費行動自体を抑え込んでいます。消費行動を抑えながら、消費行動を促す対策をとっても効果が相殺されて意味がありません。つまり今は、実体経済の悪化は嫌でも受け入れなければならないのです。ただ、第一に経済が悪化しても生活が破壊されないようにすること、第二に経済の悪化の幅を最小限にとどめる政策が必要です。

第一に関しては、生活保障を手厚くすることです。現金給付もその文脈を中心に考えるべきでしょう。第二については、はっきり言えば実体は絶対に悪くなる。その悪化幅を最小限に抑えるなら、「コロナが過ぎ去れば経済も戻ってくれる」という楽観論に心理を導くことです。心が楽観になれば、実体の悪化も最小限に防げるし、心が悲観に転べば実体もコロナの影響以上に悪化します。

30兆円の対策費用は、生活が維持できるという「安心感」(根本的な不安はコロナそのものを抑えるしかない)と、「コロナさえ終われば…」という「希望」で経済的パニックを防ぐことに使うべきです。もちろん、諸悪の根源であるコロナを抑えるための対策費用が何より優先ですが、こればかりは、お金をかければかけるほど治療法が早く見つかるというわけにはいきません。


また、株価対策も重要になります。

株を持たない人に株価は関係ないかといえば、そんなことはありません。株価が急落すれば企業の資金繰りが悪化して倒産やリストラや給与減になります。もちろん自営業も、受注は減るし小売りの売り上げも減ります。ですから、株価対策というのは非常に重要なわけですが、株価ほどパニックに陥りやすいものはないんですよね。一度パニックを起こすと、「売りが売りを呼ぶ」底なしになります。

アベノミクスで株価が上昇したときは、そのわりに庶民の生活は豊かになりませんでした。しかし、理不尽なようですが、株価が急落したときは庶民の生活を直撃します。企業はいつだってシッポから先に切り捨てます。


一方、景気対策で消費減税を主張する人が多数いますが、これはとんでもない誤りです。むしろ経済的に自殺行為になります。順を追って説明しましょう。

第一に、減税には準備期間が必要です。「○月○日から消費税が減ります!」と予告したら、そのとたんに猛烈な買い控え現象が起きて、実体経済の悪化が一気に加速します。増税前に駆け込み需要増が起きるのと反対の現象です。誰が減税の1~2か月前に家やら車を買いますか。安くなるのを待つに決まっています。

第二に、減税が実施されたとしても、コロナ対策で消費そのものを抑制させる効果のある強力な政策をとっている最中なのだから、消費は伸びません。もしも伸びたら、それはコロナ対策で旅行やイベントなどの娯楽制限をしているものをぶち壊すことになります。要するに、二律背反の政策を同時に行うことになり、双方とも失敗に帰して共倒れになります。強力な鎮静剤と強力な興奮剤を同時に投与するようなものです。

第三に、減税は必然的に国の税収を減らします。つまり、あらゆる対策に必要な資金がなくなることを意味します。やるなら国債の増発しかありません。第二のところでコロナ対策と景気刺激が共倒れになるうえに、財政まで苦しくなります。

第四に、減税実施後には、第一で起きた「買い控え」の反動での需要増が期待できるかもしれませんが、そうはいかない危険性も大です。なぜなら、第一段階の買い控えのマイナス効果で、減税実施まで持ちこたえられない企業の倒産・リストラ・給与減が進むからです。つまり減税が実施されたときには、国民の購買力が買い控え段階で低下してしまっているので、買い控えていた分の反動買い戻しすら期待できなくなっています。

こうしたことから、消費減税は、景気にプラス効果どころか致命傷になることすら予測されます。
消費税が下がればそのぶん値段が安くなるという単純思考で実行したら、ただでさえコロナで大打撃の経済がいよいよ崩壊に向かうだけです。崩壊しなくても、安くなるから助かるという安易な結果にはなりません。


ところで、「コロナさえ終われば」という希望が実体の悪化を抑えると言いましたが、ものすごい巨費を投じるわけですから、心理や実体の悪化のブレーキというだけでなく、このさい本当に「希望」につながる分野に投下してほしいものです。
そのへんは私は多くは語れませんが、たとえば燃料電池とか自動運転車のように、次世代の日本の強みを生み出せるような分野です。再生可能エネルギーもいいでしょう。これだけの巨費ですから、見境なくジャブジャブ投じるのではなく、今こそ成長分野を強力に援助すべきでしょう。

コロナで苦しんでいるのは、世界共通です。しかし、ここをうまく乗り切るかどうかで、「コロナ後」の勢力図が変わります。中国が近年こんなに躍進できたのも、リーマンショックを比較的うまく乗り切ったからです。リーマンショック自体は中国も含めて世界的な経済危機でしたが、うまく乗り切ったことで、「リーマン後」に躍進できました。国力というものは相対的に決まりますから、災いの影響が相対的に小さく終われば、災いが終わったあとで福に転じることも可能なわけです。


日本の、コロナとの勝負はこれからが本番です。